楢山節考 (1983)貸出開始日: 2002/04/12
製作年: 1983年
製作国: 日本
収録時間: 130分
出演者: 緒形拳 坂本スミ子 左とん平 あき竹城 倍賞美津子
監督: 今村昌平
詳細: 原作:深沢七郎
70歳を超えた老人は近くの楢山の頂きに、子に背負われて捨てられなければならないという掟がある山奥の寒村を舞台に、母を捨てることに切なさを感じとまどう息子の姿を生類共棲、淘汰の自然観、運命観を込めて描く。カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。
姥捨て山伝説と言うのは各地に残っているらしい。
果たして本当にあったのだろうか・・・
作品の中で繰り返し、人間の営みがケモノや爬虫類と変わらないものであることを映像で見せてくる。生まれて、食べて、生殖して子孫を残し、死ぬだけ。
それが淡々と連綿と繰り返されるだけで、人間として生まれた価値や意味などありはしないと。
まして生まれたばかりの赤子や、老いぼれた親など、働きもせず喰らうだけの厄介な存在なのだろうか。
考えれば考えるほど悲しくなってしまう。人間ってケモノと同等なの?
今の時代も「生きることが難しい時代」かもしれない、ある意味では。
でもこの時代は、生きること=食べることだった。
農産物を盗んだ一家への仕打ちの凄まじさには声もでなかった。
「生きる」って「食べること」ですごくシンプルなはずなのに「社会に認められない」とか「親がわかってくれない」とかどんなに甘ったれた考えだろう。
人間は「生きる」という意味ではケモノと同等。でも「生き方」の面ではまったく違うのかもしれない。
どんな風に生きて、どんな風に死ぬか。
「お山へ行く」と決めた母の、怖いまでの強さ。
神様が待っているハズのその場所で、現実に待っていたものを見ても動じない母の覚悟。
昔も今も母親の強さというのは底知れない。
もうひとつ、体臭からバカにされる息子を気遣い「鼻の悪いばーさん友達」に母がするお願いも、笑ってしまうけれど、息子を思う母の愛情なんだよね。
人間はどんな境遇の中でも「生き方」、生き方に続く「死に方」を選ぶことができる。
ただ生まれて、食べて、生殖して子孫を残し、死ぬだけではなく。そんな風に感じました。


考え無くてもいいのかもしれないねぇ
たとえばさ、 からすとか、野良犬とかって、交通事故
とかで☆になってしまうものは除いたとしても、死骸って見ないですよね。
あんなに沢山のからすが電線に止まっているのに
☆になったところは見たことがない。。。。。。
もしかしたら人間に見えないところでこんな会話
あるのかも
烏ババ:はぁ 疲れた
烏若:むむ^^ 年だね
烏ババ:もう先も短いし、そろそろだね
烏若:そか さびしくなるな
烏ババ:では・・・そろそろ墓場に飛び立つよ
烏若:さらばだ
野生の獣たちは、自分自身の☆時期を知っていて
人知れず あ 獣知れず、墓場でひっそりと☆に
なるそうです。
ふふふ。野生の生き物でも、生き様死に様知っているですね。人間も見習わなくちゃ^^
ってコメントで 物語作ってしまってすみません
確かにそうでした。象にも墓場があると聞くし、動物も自分の死に場所を知ってるんだよね。
私、動物として生きた記憶もないし、どっちが立派とかいえないのよねぇ。
熱帯魚飼ってて思うんですが、
「自然に住む熱帯魚って誰に餌もらってるのか
にゃ〜」
ってか なんで生態系って あんなにバランスが
とれてるんだろね。
っていうところから始まるのが「ガイア理論」
=地球を一つの生命体として考える事
つきつめて考えると、 なんか人間と、それ以外の
生物とか自然とかって、明らかに隔たりが
ありますよねw
はっ! 「象の墓場」に沢山の象牙が落ちてるか
想像してしまう私はやはりニンゲーン^^
一番好きなのは、姥捨て山制度。
何でこんないい制度を無くしてしまうのか、分からないです。
きっと自分の死期を知ることが出来ない不自然な人たちが、残酷だ、とか言って無くしたんだろうねぇ。
死期を悟ることも出来ずに管に繋がれている方が余程残酷だろうに・・・。
アメリカインディアンも死期を知るとこう言うそうです。
「今日は、死ぬのにいい天気だ」
オラも必ず、こう言ってみせるだ(`・ω・´)b
でもあれだね、死に方死に場所は自分で選びたいもんだよね。
せめて家族に「もしもの時はこうして欲しい」って、しっかり伝えて話し合うことが大事だと思ってるよ。
忌のコトバもキメとかなきゃねっ